本当に大事なときに、本当にやるべきことをやろうとするときほど、私たちは気が散りやすくなります。なぜでしょう? そして、どうすればいいのでしょう?
気が散るものは、私たちが本当の自分、実際に何ができるかを見せなければならない真実の瞬間を先延ばしにさせてくれます。自分をさらけ出し、実力を証明し、最終的には現実という鏡に向き合う瞬間です。だからこそ、大事なことを始めるのはとても難しいのです。重要なことに取りかかろうとすると、私たちはたいてい先延ばしにします。そうすれば他人や、ついには自分自身と向き合わなくて済むからです。先延ばしは、自分を守るためにするのです。
拒絶されるかもしれない。返事が来ないかもしれない。自分は期待しているほど優れていないと分かってしまうかもしれない。そして私たちが先延ばしにしているあいだに、他の人は前へ進みます。だからこそ、小説を書き始めること、ブログ記事を公開すること、電話をかけること、提案書を書くことが、あれほど難しいのです。
その恐れと戦う唯一の方法は、集中することです。何があっても集中する。どんな逆境でも集中する。まず集中して始め、そしてやり切る。始めることにも終えることにも勇気が必要です。勇気をくれるアプリやツールはありません。ですが、気を散らすことを促す環境はあります。そして、集中することを後押しする環境もあります。
よく「そんな“集中して書くアプリ”に何の意味があるの? 中身なんて何もないじゃないか」と聞かれます。その通りです。プレーンテキストしかありません。書くときに集中するのは、まさにそれだからです。
物事をやり遂げたいなら、言い訳を避けて集中してください。仕事に集中する。自分のことは忘れる。大事なのはあなたではなく、仕事を終わらせることです。忙しそうなアプリ、うるさい環境、気を散らす習慣……そして、時間を浪費する言い訳を与える人たちを避けましょう。
本気でやっていなければ、成果が足りなくてもそれほど痛くありません。その場合、外部要因のせいにできます。「Facebook のせいだ」「時間が足りなかったんだ」「ただ試しただけだ」と。大事なときには、マスター・ヨーダに従いましょう。「やるか、やらないかだ。試しているなどない。」最初から外部要因、つまりあの気を散らすものを切り離せば、やり遂げるしかなくなります。いったん始めてしまえば、最も難しい部分はもう越えています。何かを作り、作り直し、磨き上げる。時間、勇気、献身を注ぐほど、もっとよくなっていきます。