私たちは、つまらないテキストを読むことに(そして書くことにも!)時間を浪費しすぎています。そして、そんな私たちの問題を解決してくれるものを今回はご紹介したいと思います。

テキストがつまらないのは、書いた人間がつまらないからだとお考えの方もいらっしゃるでしょう。しかし、私は敢えてそれをワープロの責任だと申し上げたい。そもそもワープロの存在意義とは、正しい綴り方、文法、文書の編集などの上に見出されるものです。そしてこれらの要素は、文章から生気を抜き取り、書くことのスリルを喪失させる、まさに「つまらなさ」の鏡であるからです。時を遡りタイプライターの時代は、書くという仕事はもっと手の汚れる作業でした。タイプライターで書かれたものは読み手にしたら必ずしも読みやすく、目に美しいものではなかったかもしれませんが、書き手の側にとっては絶対的に何倍もエキサイティングな経験でした。

タイプライターの復権を唱える人々がいます。曰く、ワープロのエディット機能をブロックせよ!インターネットアクセスを禁止せよ!その他のプログラムも停止させよ!19世紀への回帰を!等々。しかし、これらの人々は何とも非現実的か、もしくは救いようがなく保守的です。そして、どちらにせよ保守的なアイデアの大方がそうであるように、インターネットの時代には合いません。

私の脳内には、理想のデジタル・プロフェッショナル・ライティングマシンのコンセプトがすでに存在します。私の引き出しの中にある、ニコンDX300のライター・バージョン。最高にハードな手応えのキーボード、明るいスクリーン、そして本当にソフトなソフトウェアを誇る究極のマシン−実現しようとなったら100万ドル級の資金が必要ですが−というわけで、この話はしばらく置いておくことにしましょう。(オカネをたくさんお持ちの方、いつでもどうぞお気軽にご連絡ください)

Twitterブロギングのススメ

というわけで、私が当面の解決策としてご案内したい方法が、次々と頭に浮かぶアイデアをTwitterにリアルタイムにポストしていくというものです。そして、それらをまとめて後からブログ(や、MSWordでも、なんでもお好みのものに)するのです。Twitterブロガーになる場合、まずはTwitterユーザとしての鉄の掟を守らなければなりません。「すべてのポストはそれ自体で一つの節として響かなければならない」というのが第一の決まりです。そして、その次ぎにくるのは「それぞれの節は一緒になった時、小鳥のさえずりのようにつながらなくてはならない」という掟です。 Twitterブロギングの美点を以下にご紹介したいと思います。

  • 発信者は常にFollowerを失うというプレッシャーのもとでものを書き続けなければなりません。まるでキェルケゴールの本に出てくる蜘蛛のように。
蜘蛛が一定点から必然的帰結へ身を投ずる時、蜘蛛は絶えず自分の前に空虚な空間を見る。そしてそこでは蜘蛛はどんなにもがいてみても足場を見出すことは出来ない。私の場合もそうである。私の前には絶えず空虚な空間が広がり、必然的帰結は背後から私を駆り立てるのだ。
  • 読み手側も、ドラフトとなる140ワードのブロックそれぞれにコメントを加えることが出来ます。

  • あらゆる記事のドラフトの閲覧が可能になれば、書き手の心を深く、また興味深い角度で見ることができます。

残念なお知らせ

さて、ここまで良いお話ばかり申し上げてきましたが、皆様が乗り気になってしまう前に、Twitterブロギングを始める者の前に立ちはだかる三つの山についてお伝えしたいと思います。

  • Twitterブロギングはあくまでドラフト作成用です。実際のブログにする段階ではもちろん通常のブログと同様に編集作業が必要となります。また、ブログのポストにコメントを受けるのと同時にTwitterを通じてもコメントが来るようになります。Twitterのコメントしやすさは専門的なものから、匿名の最高にくだらないものまで、あらゆるコメントを広い間口で招き入れます。
  • Followerがうんざりしない頻度に拡散させてポストする必要があります。(10件/12時間程度)同じ話題に属するポストには文末に同じパラグラフタグをつけます。
  • 試してみたいとお考えの皆様、私たちがWPコードを完成させるまで今しばらくお待ちください。

この件に関して、開発をお手伝いして下さる方がいらっしゃれば、私たちは喜んでアシストさせていただきます。まだ私たちの盛り込みたいと思っているアイデアは載せきれていません。例えば、Twitterフォーマットを見えなくするようなレイアウト、編集済みのブログポストからドラフトを見ることが出来る[ShowDraft]リンクなど。それから、Drupalのグルがどこかにいらっしゃって、Drupal プラグインなどもやって下さったら、それも嬉しいのですが。