建築家は家をデザインするのか、それとも「住む人の体験」をデザインするのか? たわごとの答えは「住む人の体験をデザインする」だ。実利的な答えは「家をデザインする」だ。慎重な答えは、建築家は、予見できるものもできないものも含め、さまざまな体験を生み出す家をデザインする、というものだ。しかし、家の中で起こりうるあらゆる体験をデザインするわけではない。
体験デザイナーは、私たちの感じ方そのものを形づくるのか、それとも私たちの感じ方を踏まえて製品を形づくるのか。小さいが重要な違いだ。ユーザーインターフェースに対する人々の知覚は、ひとりの人間があらかじめ予見できるほど単純ではない。そう、私はこのサイトをデザインした。だが、あなたが今それをどう体験しているかを正確には知らない(ある程度の見当はついているけれど)。
修辞
同語反復
製品のデザインは、人間と人工物のあいだのインタラクションを定義する。インタラクションは体験につながる。こう考えると、すべてのデザインは体験デザインだ。こういう使い方をすると、「ユーザー体験デザイン」という言葉は意味を失う。
冗語
ユーザー体験デザインという言葉は、デザイナーが各ユーザーの製品体験を直接コントロールできるかのような印象を与える。それは言い過ぎだ。この分野で経験を積むほど、製品の知覚が人によってどれほど違うかを実感するようになる。デザインは体験を定義するが、支配はしない。こういう使い方をすると、「ユーザー体験デザイン」は完全には守れない約束になる。
提喩
製品のユーザー体験は、最初に触れた瞬間から始まるわけでも、そこで終わるわけでもない。ビジネス、テクノロジー、デザインにまたがるすべての接点が含まれる。熟練したデザイナーは、視覚デザインがもっと複雑な構造の代表的な一部であることを示すために、「ウェブデザイン」ではなく「ユーザー体験デザイン」という言葉を使う。こういう使い方なら、User Experience Design は妥当な用語だ。
本質
「ユーザー体験デザイン」という言葉を使う人の中には、詐欺師もいる。もちろん、全員ではない。では、本気の人たちはこの言葉をどういう意味で使っているのか? なぜ単に「ウェブデザイン」と言わないのか?
Dreamweaver では足りない
ウェブサイトを公開する人なら誰でも、自分をウェブデザイナーと呼べる。自分をユーザー体験デザイナーと名乗るなら、かなりの規模のオーディエンスでデザインを測り、日々幅広いユーザー意見に向き合っていることを意味する。そうでないなら、あなたはユーザー体験デザイナーではない。
自分の小ささを知る
伝統的に、デザインは階層的な概念であり、デザイナーが王で、消費者はデザインの天才のひらめきを得るためにデザイナー税を払うものだった。ユーザー体験デザインの分野では、その概念はひっくり返った。体験デザイナーは、できるだけ多くの異なるユーザーに共感しようとする。
賞は取れない
ユーザー体験デザインは、クリック数、サイト滞在時間、投資対効果、再訪問、直接のフィードバックで測れるデザインの部分だ。すべての意見が意味を持つデザインでもある。ユーザー体験デザインはエンジニアリングだ。完璧な解ではなく、最良の妥協点を探す。
乗客がみな操縦士ではない
誰もが、自分の「ユーザー体験」はこうあるべきだ、という意見を持っている。そして、多くの人がその意見を強く口にしたがる。だが、それで全員がデザイナーになるわけではない。塩を頼んだからといって料理人になるわけではないのと同じだ。ユーザー体験デザイナーは、さまざまな意見を扱い、最良の妥協点を見つけようとする。良い妥協は、中間点ではない。最初の選択肢より優れている。
車が動かないことを見つけるのに、エンジニアである必要はない。だが、直すには必要だ。使いやすさの話では、すべての意見は平等だが、エンジニアリングの話ではそうではない。科学者のように、エンジニアはフィードバックを集め、仮説をテストし、検証し、理論と実践の両方を発展させる。ユーザー体験デザイナーは、自分の知覚や意見に頼るだけでなく、物事がどう動くかを知っていなければならない。製品はオーディエンスと一緒にテストする必要がある。
何年も対話型製品を設計していれば、何がうまくいき、何がうまくいかないかについて、より多くを学べる。だが、それで現場テストをやめてはいけない。フィードバックを扱って初めて、「体験デザイン」が上達する。反応が多ければ多いほど学べることも増え、将来もっとよく仕事ができるようになる。フィードバックを集めること自体は難しくない。難しいのは、それをどう扱うかだ。フィードバックは、複雑なものを さらに 複雑にする。注意してほしい。ユーザーの望みをすべて叶えると、Homer Simpson が設計した車みたいなものになる。
理論と実践
有能になるには、ソーシャルメディアで活発に振る舞ったり、読んだり、話したり、あるいは売ったりするだけでは足りない。実践経験が不可欠だ。ユーザー体験デザインでは、インターフェースを設計し、構築し、そして(たいてい非常に怒っている)フィードバックに向き合うことだ。ただし、いったんハマると、次のような妙なことに喜びを見いだすようになる。
- ただ楽しいから、Analytics などでユーザー行動を毎日観察する
- 使いやすさのテストとインタビュー
- プロトタイプのテストと最適化
- ローンチ後に、怒ったユーザーの反応を注意深く見て評価し、ミスを直す
- 新しい技術やビジネスプロセスについて学ぶ
オーディエンスが大きいほど、よりストイックさが必要になる。10 年前の T-Online の再ローンチは、私にとって個人的な火の洗礼だった。新しいデザインはドイツのテック界全体に叩きのめされたのだ。再ローンチへの抗議には、やがて慣れていく。数字を見ると、iA のデザインは改善しているように見えるし(なぜか最近は反応もそれほど怒っていない)、でもどのプロジェクトにも、消化して学ぶべき驚きのフィードバックが山ほどある。
結論
多くのエージェンシーは、アップセルのために技術用語を乱用する。もっと露骨なところもあれば、もっと面白おかしくやるところもある。UX のたわごとは、なかなかカラフルだ。型破りな会議、難解なブレインストーミング、取るに足らないおしゃべりを法外な値段で、洞察の乏しい曖昧な「ドキュメンテーション」の山。詐欺師たちは体験デザインをスローガンにして、中身のない演説をし、ホワイトペーパーを売り、熱気だけでクライアントをアップセルする。
彼らを見抜くのは簡単ではないが、仕事のやり方を見れば分かる。アマチュアはクライアントと話して理解しようとしないし、「愚かな」ユーザーと議論したがらない。彼らは 入って、その場でやる ことを望み、勘を頼りに物事を変えようとする。戦略は「動くまでやる」だ。アマチュアは最初は安いが、仕事を最後までやり切れない。適切な準備、ユーザーリサーチ、ユーザーの意見なしに、ユーザーのために物事を機能させることはできない。
- ユーザー体験デザインは、人があなたのデザインをどう感じるかを予言できる魔法ではない。プロジェクトのさまざまな段階でテストとフィードバックを重ねる設計アプローチだ。
- テストとフィードバックだけで良いデザインにはならないが、何がうまくいき、何がうまくいかないかは分かる。
- ユーザーテストの経験が多いほど、扱いにくいフィードバックにも対処しやすくなる。生まれつきストア派の人は少ない。
- ユーザーフィードバックを扱う経験が多いほど、設計開発でより優れた妥協点を見つけやすくなる。
要するに、たわごとを言う人とユーザー体験デザイナーを見分けるには、何を言うかを見て、それを実際に何をしたかと比べればいい。