ウェブサイトのサイドカラムは、作り手としては欲しくなります。けれどユーザーはそれを読むでしょうか。いや、そもそも見るでしょうか。サイドカラムは標準仕様だから必要だ、と言えるかもしれません。本当にそうでしょうか。
今この瞬間、サイドカラムが恋しいですか? そうでないことを願います。もし恋しいなら、それは私の文章がひどく、あなたが退屈していて、私が本当に向かおうとしている地点にたどり着く前に飽きてしまった、ということですから。
アイ・トラッキング
Jakob Nielsen は Nielsen Norman Group で、次のような核心的な問いを投げかけています。
「テキストボックスへの盲目」は「バナー盲目」と同じくらいひどくなっているのでしょうか。まだ分かりません。しかし私たちのアイトラッキング研究では、ユーザーはこのページ右側の余白にある Google 広告を、バナー広告と同じくらい見ていませんでした。
この図は、アイ・トラッキング装置の助けを借りて作られました。Google 広告を人が無視すること、そしてウェブサイトのどの部分をユーザーが見ているかを示しています。どうやら右側のカラムは視界から外されているようです。これは、自分自身の経験を思い返せば、そう驚くことでもありません。読んでいるときに、サイドカラムのことを気にしますか?
あなたが見る唯一のサイドカラムは、自分のサイドカラムだけ
自分のウェブサイトのサイドカラムなら、必要だと思うでしょうし、気に入るでしょうし、もしかしたら愛着もあるでしょう。自分のサイトにあるものは、何でもそうです。しかしユーザーとしては、いま読んでいるものだけに気を取られています。それ以外に気を取られるのは悪い兆候です。今でもサイドカラムが恋しいですか?
サイドバーの役割として想定されるのは、記事を読み終えたとき、あるいは退屈したときに、何かクリックできるものを用意することです。では、自分が記事を読み終えたとき、あるいは退屈したときに何をするか考えてみてください。戻るボタンを押すか、下にまだ何かあるか見ようとスクロールするか、そのどちらかです。
ならば、記事の下においしいものを用意すればいいのです。記事を読み終えたときにたどり着くのはフッターですし、退屈してスクロールするときに行き着くのもフッターです。
一覧ページではカラムレイアウトが有効なこともありますが、記事ページではサイドカラムはただのノイズにすぎず、本文への集中を妨げるだけです。